新作、新米、新政権。
「新」とつくと何にか惹かれるものがある。
この字が画面や紙面にあると、つい手に取りたくなる。
そう、新しいものがこの国の人は好きなのだ。
白状するが、もちろん私もそうである。
ところがだ。
新しい物が良いとは限らない。
例えばだ。
新作映画のCMに期待をふくらませる。
手間ひまをかけて意気揚々と映画館の座席に腰を下ろす。
するとどうだろう、新作が駄作だと分かりため息をつくことがある。
また、新米と聞くと食欲が湧く。
重たい思いをして一袋を抱えて帰宅する。
額に汗していつもよりも丁寧に米をといで炊きあげる。
これまたどうだろう、思ったほどの味ではない場合がある。
そう、物によっては、作ってしばらく時を置いた方が旨いものだ。
良い例が、ワインである。
確かに、新物のワインは新鮮で旨い。
だが、新物のワインは思ったほど旨くはない。
ボトリングして数年寝かせ、熟成したワインには勝てない。
発酵という時の働きが旨味をつくることを我々は知っている。
以上から、あたらし物が良いとは限らない。
にもかかわらず新物に惹かれるのはなぜか。
「新」の言葉にあらがえないものを感じるからだ。
この字が何か素晴らしいもの、良さそうな何かを感じさせる。
これは言葉の魔力と言われるが、ズバリ言葉の条件付けである。
これがクリスティーナ博士をして「アンカリング」と言わしめた機能だ。
そう、言葉はアンカリングなのだよ。
アンカリングとは感覚的刺激がある反応を誘うことだ。
決して特殊なことではなく、日常に満ちている。
運転手や歩行者と信号機の関係がそれだ。
出入り口の扉についているノブを見ると手を伸ばす動作がおきる。
更に、音節の連続がそれを聞くもののある状態を引き出す。
例えば、ある言葉を耳にして、その言葉を理解するといった状態だ。
そしてアンカリングは、感覚的な刺激の強さと、そのタイミングで成立する。
刺激の強さに比例し、強さがピークに達する直前に近いほど、確固となる。
刺激が弱くても、繰り返しがあればアンカリングはやがて確立する。
大方の言葉は繰り返し母語を耳にすることで習得される。
アンカリングは学習が進んだ状態なのだ。
ここから「新」という言葉が人を魅了する仕組みが見えてくる。
例えば、「新年」になると気分が一新するのがそれだ。
そうなるように世の中が全体が動く。
この国は千年の長き世に渡ってそうしてきた。
「新」の言葉に強力なアンカリングを培ってきた。
そう、だから「新」の響きがもつ力はスゴイのだよ。
もちろんこのアンカリングで動かない人もいる。
「ただ暦の数字が変わるだけでしょ」と家人は言い放った。
今でも覚えているが、そのとき一瞬にして新妻は古女房に変容した。
話しを戻すと、新年は物理的に見れば地球が1回公転するだけである。
こう言ってしまえばもともこもないが、現実はそうだ。
しかし、新しさは人を魅了してやまない。
お見込みのとおり、アンカリングとして働くからだ。
もちろん、そのアンカリングは一過性の状態となることもある。
新年を見ればわかるように、松が空ければ退屈な日々が始まる。
新学期も数日すれば、ため息が出るような授業が待っている。
だから、新政権にも用心したい。
新の字のアンカリングが一過性になるかもしれないからだ。
記:NLPトレーナー 近藤哲生
お知らせです。
近藤哲生事務局の西島千穂です。
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